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Vita brevis, ars longa.
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連休明け、帰宅してすぐ病院にトンボ帰りでドタバタしている。
アカン。
勝手に五七調になっていく。
………(T^T)
わーん。

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お袋が寝込んでしまったので、ややもすれば困ったことになってきた。
飯は俺にも在処が分るとして、問題は洗濯物である。
着替えのパジャマである。
洗剤の匂いを辿り、お袋の寝所に忍び込んだ。
しかし、秘境…
むしろ、魔境;;
怖えよッ
女の衣装部屋、心底、怖えよッ
アッシー号ピ~ンチ!!!
お袋のパンツに出くわさないことを祈ろう。。。
なむさん(>_<)

布団蹴る。
ズボン脱ぐ。
靴下を剥ぎ、シャツを投げ、パンツのゴムを引き千切ろうとしたところで、自分が怒り狂っていることに漸く気付いた。
唾を飲んでも治まらない。
レンジでチンされたように、はらわたが煮え繰り返っている。
エアマットレスの唸る音。
オシロスコープの点滅光。
目障り耳障りな鳴動が部屋の空気に充満する。
この部屋で息をしたくない。
鼻を摘んで外に出た。
廊下も輸液の蒸れた匂いがする。
エレベータは箱詰めだ。
鏡に頭を打ち付けたくなってくる。
頭の中が猛烈に痒い。
鏡を見る。
目が血走っている。
普通に考えれば、多分、痛い。
しかし、やっぱり、強烈に痒い。
煙草で燻してみたが、治まらない。
近年マレに見る破壊衝動だ。
頭の中でバットを振りかぶり何度も何度もモニタに振り降ろした。

ベッドサイドモニタがつくとは予想していなかったのだ。
俺らはもう白旗を上げている。
先発エースは延長戦を投げ抜いた。
敗戦処理屋のリリーフがマウンドに上がった後で、これ以上何をモニタリングしようと言うのだ?
お袋は熱を測る時、禿げ上がった息子の額に掌を当てていた。
俺らはもう水銀体温計すら使わない。
心拍なら胸に手を添える。
呼吸なら口元で耳を澄す。
胃管の液を繰りながら腹が上下するのをじっと眺めているだけだ。

何のための手だ?
何のための目だ?
何のための耳だ?
俺らの体は何のためにある?
機械で計測されるためなのか?
波形に還元されるためなのか?

昼間はフクロウに見えた福々しい樹が、夜中は鬱蒼としたおんぶお化けに見える。
よじ登って枝葉を揺すり天辺から立ちションしたい気分だ。
さぞかし爽快だろう。

枕元にモニタがつくならノコノコついて来るんじゃなかったなあ。
顔色を見る度、視界に入る。

チューブ類は、なんとなく許せた。
輸液パックは冷汗をかく。
冷蔵庫から暖かい部屋に出して支柱に吊るすと、外側は水滴がつき内側には気泡が湧く。
点滴は気分屋だ。
その日に天気によって降り方が全然違う。
ある時は、お袋のスリッパのように忙しなく小刻みに細切れで落ちる。
また、ある時は、針先で丸々と漲り、落ちた瞬間、液溜まりの表面張力に弾かれる。
宝玉のように丸い姿をしばし水面にとどめて転がり、鼈甲飴のようにまろやかにとろけていく。
しかし、膨らんだかと思いきや、鼻風船のようにすっこんで拍子抜けしてしまう時もある。
輸液管の途中にある絞りダイヤルを最大限に引き上げて、全開しても流れない。
布団を捲ると管の続きが腕の下敷きになっていたりする。
麻薬ポンプとの接続部で切替えレバーの本流がオフになっていた時は焦った。
鼻から抜けた胃管は、生暖かい。
逆流してくる水分は温まり、時折、血が通っている。
この辺りまでは、なんとなく人間味があるのだ。
どことなく人間臭い。
ウロパックなら真横で寝ていても気にならないのだ。
飲み込んだ痰が胃管に絡むとパックから管を外し注射器で吸引する。
咽ぶと流れが速くなる。
しゃっくりに合わせて管が跳ねる。
管も一緒に生きている気がするのだ。

実際、もう外すに外せない延長された体の一部だからこそ、愛着を感じるようになってきているんだろう。

しかし、機器類の横で寝ていると生きた心地がしない。
夜になると、修理工場に返品されたポンコツロボットになった気分がする。

連休中は訪問看護が休みなので、大事をとり入院することにした。
しかし、いざ入院となると大事だ。
在宅だとチューブ周りが物静かなのに、病院に着いた途端、枕元で物々しい電子音が次々と鳴り響くのは何故だろう。。。

奇怪だ。

喫煙所に出て溜め息交じりに馴染みの相談相手に問いかけてみたら、左団扇で悠々と枝葉を揺らし素知らぬ顔でホウホウ笑っていた。
退院時にはうっすらしていた並木道が、わずか半月でフサフサに生え揃っている。

きぃーくやしい。

ヒトの毛並みや、かくあれよかし。
皐月の風でボーボーに生えないものか?

睫毛が…

昨夜、行商広場で、ゆみ姉が歌う『千の風』の手話ソングを聴いた。
感無量だった。
俺達、ようやく、ここまで来たのだなあと思った。

今年に入ってアニメクリエータの方々を中心に手話アニメ制作の輪が大きく広がったのだ。
「ありがとう」や「ごめんなさい」から始まり、遂には歌にまで発展していて驚いた。
広場の真ん中に立つ大きな樹の前で、両腕を誇らしげに空高く伸ばし、あるいは、たおやかに畳み頬に添え、わたしやあなたを指し示しながら、全身全霊で風を湧き起こすように舞い歌う勇ましい姿を見ていると、不覚にも目頭があつくなった。

Yumix Squareが立ち上がった頃、出会ったばかりの仲間と托鉢セットを作って、お坊さんと一緒に事業概要を遊説して回ったことがあった。
鉢に片手を添え拝みながら喜捨への辞儀をする托鉢アニメが、ありがとうの手話に似ており、今はなきジャパランドで手話アニメを作ろうかと話していたことがあった。
家具屋は椅子や座布団にオリジナルアニメを仕込むことがあり、フリーのアニメ制作ツールなんぞ持っていたりする。
しかし、俺が作るアニメは、せいぜいゴロ寝喫煙ぐらいだ。
姉が呑気なのをいいことに、弟は大抵広場に寝転んでのんびり煙草を吹していた。

昨夜も、やっぱり、ゴロ寝しながら手話ソングを見ていた。
歌を見ながら、いろんなことがあったなあと思った。
多分、俺が真面目に家具屋に専念すれば、このひとを一年半も待たせずにすんだんだろう。
このひとの弟を勝手に名乗り、このひとの広場で、気随意気まま気の向くまま、わがまま放題させてもらった。
このひとから、いろいろなチャンスを授かってきた。
そう思った途端、ワッといろんな思い出が甦ってきて、一気に涙が溢れてきた。

咽びながらゴロ寝している俺の傍らには、奥さんが重なるように座布団に座っていた。
一曲終わると姉のアンコール待ちに機敏に応え、惚け気味の夫の代わりに妻が盛んにアンコールしていた。
もはや、彼女達の方が阿吽の呼吸だ。
その風景をスナップ撮影しながら去年の春を思い出し、万感の想いが込み上げてきた。

俺が参画してきた広場イベントは、奥さんに大いに応援してもらってきた。
企画段階で相談し助言してもらったり、裏で準備を手伝ってもらったり、取材に付き合ってもらったりした。
なによりも、奥さんの励ましが、イベントの度に身震いしている俺に、広場へ出かくていく勇気を与えてくれた。
奥さんの晴れやかな笑顔と優しい労いが、広場から疲れて帰ってきた俺を暖かく包み込み、その余熱が次に挑む情熱となった。
奥さんの内助の功がなければ、今までYumix Squareでの活動を続けてこられなかっただろう。

俺のSecond Lifeにおいて、かけがえのない二人をスナップに納めながら、二年間、ここで一所懸命生きてきた甲斐があったと思った。

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