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Vita brevis, ars longa.
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布団蹴る。
ズボン脱ぐ。
靴下を剥ぎ、シャツを投げ、パンツのゴムを引き千切ろうとしたところで、自分が怒り狂っていることに漸く気付いた。
唾を飲んでも治まらない。
レンジでチンされたように、はらわたが煮え繰り返っている。
エアマットレスの唸る音。
オシロスコープの点滅光。
目障り耳障りな鳴動が部屋の空気に充満する。
この部屋で息をしたくない。
鼻を摘んで外に出た。
廊下も輸液の蒸れた匂いがする。
エレベータは箱詰めだ。
鏡に頭を打ち付けたくなってくる。
頭の中が猛烈に痒い。
鏡を見る。
目が血走っている。
普通に考えれば、多分、痛い。
しかし、やっぱり、強烈に痒い。
煙草で燻してみたが、治まらない。
近年マレに見る破壊衝動だ。
頭の中でバットを振りかぶり何度も何度もモニタに振り降ろした。

ベッドサイドモニタがつくとは予想していなかったのだ。
俺らはもう白旗を上げている。
先発エースは延長戦を投げ抜いた。
敗戦処理屋のリリーフがマウンドに上がった後で、これ以上何をモニタリングしようと言うのだ?
お袋は熱を測る時、禿げ上がった息子の額に掌を当てていた。
俺らはもう水銀体温計すら使わない。
心拍なら胸に手を添える。
呼吸なら口元で耳を澄す。
胃管の液を繰りながら腹が上下するのをじっと眺めているだけだ。

何のための手だ?
何のための目だ?
何のための耳だ?
俺らの体は何のためにある?
機械で計測されるためなのか?
波形に還元されるためなのか?

昼間はフクロウに見えた福々しい樹が、夜中は鬱蒼としたおんぶお化けに見える。
よじ登って枝葉を揺すり天辺から立ちションしたい気分だ。
さぞかし爽快だろう。

枕元にモニタがつくならノコノコついて来るんじゃなかったなあ。
顔色を見る度、視界に入る。

チューブ類は、なんとなく許せた。
輸液パックは冷汗をかく。
冷蔵庫から暖かい部屋に出して支柱に吊るすと、外側は水滴がつき内側には気泡が湧く。
点滴は気分屋だ。
その日に天気によって降り方が全然違う。
ある時は、お袋のスリッパのように忙しなく小刻みに細切れで落ちる。
また、ある時は、針先で丸々と漲り、落ちた瞬間、液溜まりの表面張力に弾かれる。
宝玉のように丸い姿をしばし水面にとどめて転がり、鼈甲飴のようにまろやかにとろけていく。
しかし、膨らんだかと思いきや、鼻風船のようにすっこんで拍子抜けしてしまう時もある。
輸液管の途中にある絞りダイヤルを最大限に引き上げて、全開しても流れない。
布団を捲ると管の続きが腕の下敷きになっていたりする。
麻薬ポンプとの接続部で切替えレバーの本流がオフになっていた時は焦った。
鼻から抜けた胃管は、生暖かい。
逆流してくる水分は温まり、時折、血が通っている。
この辺りまでは、なんとなく人間味があるのだ。
どことなく人間臭い。
ウロパックなら真横で寝ていても気にならないのだ。
飲み込んだ痰が胃管に絡むとパックから管を外し注射器で吸引する。
咽ぶと流れが速くなる。
しゃっくりに合わせて管が跳ねる。
管も一緒に生きている気がするのだ。

実際、もう外すに外せない延長された体の一部だからこそ、愛着を感じるようになってきているんだろう。

しかし、機器類の横で寝ていると生きた心地がしない。
夜になると、修理工場に返品されたポンコツロボットになった気分がする。

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